辻幸男税理士事務所

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確定申告について(2023/1/11)

上賀茂神社へ初詣に行ってきました

新年明けましておめでとうございます。本年もご愛顧の程、よろしくお願い申し上げます。昨年から始めました私のつたないコラム、本年も懲りずに思いついたまま書き記していきますのでお付き合いください。

時節柄、昨年までの『私の履歴書』風のコラムを一旦中断し、インボイス制度や確定申告についての実務的なコラムに衣替え致します。

 

「会計事務所に高い報酬を払って確定申告書の作成をお願いするより、確定申告ソフトやネット検索・参考本を見ながら申告をする方が安上がりで簡単だ!」という納税者の方がかなりいらっしゃいます。

そのようなお考えの方でも、コロナ禍による様々な支援金・給付金・助成金などの事前確認等でお見えになるお客様は多かったです。その際に、相談者の前年分の確定申告書を拝見させてもらったところ、青色申告特別控除65万の不適用、所得の二重経常、所得控除の不備による納税過多、等々色々な事由により本来の納税が必要な金額よりも多く所得税や住民税を納付されている方がかなりの割合でおりました。すごくもったいないなぁと感じます。

『損して得とれ』『餅は餅屋』という言葉もありますが、確定申告の報酬はそれほど高いものではありません。(他の会計事務所さんの報酬額はわかりませんが・・・)節税分等で十分に支払えて、お釣りがくることが多いでしょう。敢えて押し売りしますが、確定申告については税理士事務所に任せた方がお得ではないかな、としみじみと実感致しました。

 

感謝(2022/12/20)

少し早いですが、浜田山『あさの』さんの松花堂弁当で今年もお疲れ様会を事務所で行いました。

金武先生は税務署のOBで、現役時代の武勇伝をことあるごとに話されていた。豪快で、豪傑ではあるが、繊細な心も併せ持っておられた。面倒見の良さもあり、誰からも慕われていた。

先生から法人のお客様や大きな相続の仕事を何件も紹介頂き、この支援のおかげで築地での仕事からもようやく解放された。浜田山の地に6畳とキッチンの最初の事務所を持つことができ、税理士業の本格的なスタートを切り始めた。

金武先生とは、その後もゴルフや会食、世間話など30年以上のお付き合いをさせて頂いたが、数年前に鬼籍に入られた。最初の出会いは40年前ではあるが、そのすべての場面が鮮明に残っている。

心の恩人である金武先生、あなたとの出会いがなかったら、今の私がなかったのは紛れもない事実です。

 

金武先生の教え(2022/12/15)

浜田山のKurodo'sBurgerでお昼を食べました。お肉がとっても美味しいです!

下戸の私にとっては、天のおぼし召しかと思うくらい幸運な金武先生との出会いであった。月に2~3回のペースで先生の事務所へ呼ばれて楽しい時間を過ごさせてもらった。同郷の後輩と九州弁で色々なこれまでの人生体験を話すのは先生も楽しかったのだろう。酒はないがいつも会話はとぎれることなく盛り上がった。

人生経験だけではなく、仕事のことでも貴重なアドバイスを受けた。その中でも相続税申告書の書き方についてのアドバイスは忘れられない。おもむろに、相続税の申告書を持ち出して「辻君、この申告書を見てみろ」と言われ、分厚い申告書を開くと、すべて先生自身の達筆な字で書かれた申告書であった。申告内容の詳細な説明もすべて手書きである。

その当時、先生の事務所でも『コンピューター会計』は導入されていたが、相続税の申告書だけは、すべて先生が手書きをしていた。「コンピューターの印字では、納税者の心が税務署に伝わらない。俺は自分の手で心をこめて作った申告書を税務署へ提出する。」それが先生の教えだ。

確かに、きれいに印字されたコンピューターの字より、人間が自筆で書いた字の方がぬくもりがあり、読み手の税務署にもその心は伝わるはずだ、と私自身も実感した。

昨今、色々と電子化が進む中、手書きは無理だとしても『心をこめて申告書を作れ』という先生の教えは、今も私自身の仕事の理念となっている。

恩人 金武先生との出会い(2022/11/27)

今日の富士山とても綺麗に見えました

地元の友人から、「東京にいる有田出身の税理士が、一度会いたいと言っている」という連絡を受けた。すぐに会いたいと友人にお願いし、先方の事務所でお会いすることになった。上京して半年余り、お得意様も中々増えず、これまでの人生の中でも一番苦しい時期であり、下請けでも何でもやる覚悟で事務所に伺った。

お会いする前に電話で声だけは聞いていたが、その口調からは『大酒飲みの豪傑』という印象で、実は全くの下戸で酒付き合いが苦手という大きな泣き所を抱えている私には、一番苦手なタイプの印象であった。そして実際の容姿、雰囲気も、案の定予想通りの『大酒飲みの豪傑』そのものであった。しばしの歓談の後、晩飯を食べに行くことになり、「実は全く酒がダメで・・・」という、下戸の私にとって最もつらい告白タイムがすぐそこに迫っていた。その一言で、それまでのいい雰囲気も一瞬のうちに崩れてしまうことを、何度も経験している。いよいよテーブルについた時、

   「辻君は何を飲む?・・・俺はウーロン茶、俺は酒は飲まん!」

先生のその一言で、それまでの緊張が一気に解けた。まさかこんな豪傑が下戸とは・・・と、驚き安堵した。金武先生とは、同郷の為もあるが、同じ下戸ということもあって妙にウマが合い、その後の税理士人生にとっても、計り知れない恩恵を受けた。自分にとってはまさに奇跡的な出会いであった。

開業までの道のり(2022/11/5)

※打合せ中に音楽が聞こえたので外を見るとピーポくんが歩いていました!
 

上京すると決心したまでは良かったが、実際のところ蓄えは微々たるものであり、アパートを借りるお金もなかった。これ以上兄たちに甘えるわけにもいかず、残された方法は母に頭を下げて無心するしかなかった。母の懐具合を知る由もなかったが、恐らくなけなしのお金を集めてくれたのだろう。

あの時何も言わずに数十万円を工面してくれた母への感謝も忘れていない。

上京後、母からもらったお金が尽きるまでに何とか安定した生活資金を稼がなければならない。何が何でも前に進むしかない状況であったが、開業準備には思った以上にお金がかかり、お客さんの開拓すらできなかった。

そこで、早朝に別の仕事をして生活資金を稼ぎ、日中に営業活動をしようと思い立った。早朝5時に築地の青果市場へ買い出しに行き、商品をトラックに積み込み各店舗に配送する、ルートサービスの仕事を始めた。半日トラックを運転した後、スーツに着替え、午後から営業活動を行った。その生活は、奇跡的に半年ほどで抜け出すことができた。

そこには、友人から紹介された一人の税理士さんの存在があった。

 

 

苦悩の8年間(2022/11/1)

大学卒業後、福岡市と杉並区の税理士事務所で働きながら税理試験の勉強を続けたが、30歳を過ぎ、先の見えない長い受験勉強に不安を抱き、実家に逃げ帰った。

一度は捨てていた家業への就職がちらつき始めた頃、国税局から試験結果の通知が届いた。恐る恐る開封し、『合格』の文字が見えた時には感極まった。受験勉強を始めてから8年間だった。居合わせた馬渡さんという番頭さんが一緒になって涙を流してくれたことが嬉しかった。父が亡くなり、長兄、次兄、その奥さんに大変な負担をかけてしまった8年間だった。彼らがこのコラムをを目にすることはないと思うが、改めて、感謝の気持ちを伝えたい。

地元有田は人口1万人の小さな町ではあったが、有田焼の産地で活気があった。同級生に窯元の息子や卸商社の後継ぎなど、お客さんになってくれそうな知り合いも多かったため、地元での開業も考えたが、心身ともに自立したく、兄たちや友人には不義理と身勝手を許してもらい、今の嫁さんが住む東京での開業を目指し、上京することを決めた。

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10月の法人決算申告も無事に終わりました。そろそろ年末調整や確定申告のご相談も増えてくる頃です。                個人事業主の方は、年内に提出しなければいけない届出等もありますので、ご心配なことがある方はご相談ください。

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魅力の本質(2022/10/17)

やすきよのデビュー当時、漫才は関西での人気が圧倒的でしたが、関西の文化にあまり馴染みのない人々をも惹きつける魅力があり、私自身も、その後何度も京都花月に足を運びました。お客様を惹きつける、リピーターになってもらう、そのきっかけはどこにあるのでしょうか。

先日訪れた、京都駅八条口、新幹線乗り場1階にある回転寿司『寿しのむさし』での出来事です。食事後にレジに向かい、領収書を確認したところ、10円未満の端数が切り捨てられていました。たった2円の話であり、何かお店側の事情があってのことかもしれませんが、その”粋な計らい”に素直に感激し、接客や味なども相まって、これまで以上にファンになりました。

税理士として、お客様に魅力を感じてもらうには、例えば立地や値段、知名度など、表面的な部分がよければ良いわけではありません。やすきよの漫才のオチのように、思いもしなかった期待を上回る結果が得られたときに、人は心が動かされるのだと思います。私共も、お客様の期待以上のパフォーマンスができるよう、これからも日々精進してまいります。

   ※写真はデヴィット・ボウイが涙したという正伝寺庭園。先日行ってきました。

税理士の原点(2022/10/15)

私の生業、税理士の原点もやはり京都にあります。大学4年生の時に父が亡くなり、なんとなく実家の家業に戻りにくくなり、何かの資格を取得し自立しようと思ったのがきっかけで、全くなじみのなかった簿記の勉強を始めました。

日商簿記3級に合格後、資格が活かせる仕事にチャレンジしたいと思い、京都の白川通り、たしか一乗寺あたりにあった『重兵衛』という大きなお寿司屋さんで売上伝票の整理の仕事を始めてみました。

働き始めて間もなくの頃、お店の顧問税理士の方とお会いする機会がありました。その方から感じた威厳と、「勉強頑張りぃや!」と声をかけてもらい嬉しかったことが今でもたまによみがえります。

その一言こそが私の税理士業の原点になったような気がしています。

簿記は、会計帳簿の記帳方法、決算書の作り方や見方がわかる技術であり、会社運営にも役立つ知識であることは間違いありません。弊事務所は『経営者のための簿記入門塾』も行っております。些細なことでも構いませんので少しでもご興味のある方はご相談ください。

   ※写真は以前一乗寺近くの圓光寺に行った時のものです

私の履歴書(2022/10/13)

 2022年10月9日付、日経新聞『私の履歴書(西川きよしさん編)』の"京都花月"の文字が私の目に飛び込んできた。その場所がいつかは出てくるかもと、期待しながら読んでいたのだが、なんと嬉しいことに、期待通りの展開になった。

「やすきよ」の漫才デビューは1966年であり私は15歳であった。私が京都花月で「やすきよ」を初めて見たのは、それから3年後の1969年、実家のある九州有田から大学のある京都へ移り住んだ18歳の時である。

記事を読み、一瞬のうちに50数年前に初めて見たその舞台に引き戻されたような気分に包まれた。京都の新京極の北の端、三条通の近くにあった京都花月は、私の京都生活での心のよりどころであり、今でも最良の思い出の地である。何十年も前に京都花月はなくなってしまったが、今でも新京極を歩くたびに、「あぁ、ここに花月があったなぁ・・・」と余韻をかみしめている。

杉並・浜田山の地で税理士事務所を開業させていただき、40年になろうとしています。あっという間ではありましたが、やはり、40年という歳月は結構長いものです。これまでの40年の仕事上の様々な体験、経験や、税に関する旬の話題、情報など皆様のお役に立てるようなコラムを、少々おこまがしく身勝手ではありますが、きよしさんの「私の履歴書」に自分自身を重ね、京都での思い出をまじえながら、書き記していくことに致しました。

お時間とご興味のある方は、しばらくお付き合いいただけますと幸いです。

    ※写真は全く関係ありません。最近行った講演会の写真です。

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